ある日、当院のナースのYさんが胃のあたりを押さえて青ざめた顔をしていた。
「先生、胃潰瘍が再発したらしいんです。いつもなら手持ちの薬を飲めばすぐにおさまるのに、今回ばかりはダメなんです。
何とかしてください」「すぐ胃カメラの用意をさせよう」「そればかりは勘弁してください。以前にヤられて懲りてますから」
私はかなり不満だったが、患者のわがままのなかから、すこしずつこちらのペースに持ち込んで治療を組み立てていくのはいつものことである。
「仕方がない。その代わり、ピロリ菌を除菌する治療を受けなさい」「それって、苦しくないんですか?」「本当なら、胃カメラを使って潰瘍の確認をしたうえで、じかに培養して菌を証明するんだよ。
でも呼気検査と採血で抗体を測定するだけでもできるから、それはぜひやってもらおう」
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ピロリ菌(正式にはヘリコバクター・ピロリという)の治療は、昨年十一月に健康保険がきくようになったばかりの最先端の医療である。
彼女の検査の結果はどちらも陽性で、すぐさま一週間の除菌療法を開始した。
胃の痛みのほうは、私の処方薬によって翌日には軽快していたから、彼女としても胃カメラを拒否した代わりの取引に応じないわけには行かなかったのである。
治療を終えて、めでたく胃の中のピロリ菌は駆除されるにいたったが、彼女の同僚に対する言い分がふるっている。
「ピロリ菌を退治するなんてすごく簡単なんだから。もうこれであの忌まわしい胃の痛みともオサラバね。
でも胃カメラもたまにはいいかもよ。早期の胃がんなんか、見つかったりするからね。私もそのうちオイシクいただこうかなって思ってるの」
よくもヌケヌケとそんなことが言えたものだと、私は押さえた腹のうちの始末に苦労してしまった。
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